ニューヨーク大学アブダビ校 派遣を終えて


  20137月、金沢工業大学先端電子技術応用研究所とニューヨーク大学アブダビ校の共同研究の拠点であるKIT/NYU共同脳磁研究所(Neuroscience of Language Laboratory)への派遣を終えて帰国しました。この共同研究所での活動内容とアラブ首長国連邦(UAE)での暮らしについて報告いたします。

  この共同研究所は、ニューヨーク大学アブダビ校が進めようとしている重要なプロジェクトである「言語理解における脳の働きの解明」のために開設されたもので、先端電子技術応用研究所は、超電導センサ技術を応用した脳の活動を記録する装置である脳磁計(MEG)と、そのための信号処理のソフトウエアを提供しています。このプロジェクトでは、このMEGを言語理解のメカニズムの解明だけではなく、広く神経科学全般の研究に利用していく計画です。
 現在、神経科学分野の研究で一般的に使われている脳波計(EEG)や、眼球運動追尾装置(アイトラッカ)などによる計測と、MEGによる計測を同時に行うことにより、今まで単独の計測装置で行われてきた脳の神経活動を複数の計測装置で捉えられた多面的なデータをもとにして解釈することが出来るようになり、新たな知見が得られることを期待されています。
 私のミッションは、ニューヨーク大学アブダビ校の研究者にMEGの取り扱い方法を教えることと共に、この計画に基づいてEEGやアイトラッカとMEGでの同時計測が可能となるように、これらの装置の設置と調整を行うことでした。
 
 最初に取り組んだのは、MEGと他の計測機器を1つの計測システムとしてまとめ上げる作業でした。 MEGは一般の計測装置と異なり、他の電子機器が出す非常に微弱な電波やノイズに敏感に反応してしまいます。そのため、安定した脳磁計測のためには、それら装置の設置に細心の注意が必要となり、MEG計測への影響を最小限に抑えるためのノウハウが重要です。実際の設置では、装置の部品一つ一つを順番に設置しながらMEGに与える影響を確認し、最後に動作をさせて影響が最小限になるように装置の配置の微調整するという作業を行い、最適の設置方法を探していきました。 
 一方、複数の計測装置で同時に一人の被験者を計測するための工夫も必要となります。実際の実験では各々の計測装置は独自にデータを記録しますが、それらのデータの複合的な解析のために、各装置で得られたデータの時間的な同期が必要になります。そのために各装置に同時に同じ信号を記録させることで時間的なマーキングする装置を設計し、装置同士を接続していきました。
 こうして完成した実験装置を用いて、実際の言語の理解に関するいくつかの実験を学生を被験者として実施しました。実験はニューヨーク大学アブダビ校の神経言語学の研究者によって実施され、赴任期間中に100件近い実験に立ち会うことができました。計測装置の研究開発者の一員としてこのような多数の実験を直接目の前に出来たこと、また、装置の使われ方や最新の信号解析の方法について見聞できたことは、開発者の視点ではなく利用者の視点で装置の性能や機能を見直す絶好の機会であり、今後の研究課題を考える上で非常に有意義なものとなりました。

  私が赴任したUAE7つの「首長国」からなる連邦国で、サウジアラビアやオマーンといった国と国境と接しています。アブダビ首長国はUAEの首都機能を持ち、その中心的な存在です。市街地はアラビア半島の南東、ペルシャ湾に面しており、150km東にはドバイの街があります。
 イスラム教を国教としているので、街中にムスリムのためのモスクが至る所に建っています。休日は金曜・土曜で、特に金曜日の礼拝は重要なものとされていて、赴任したアブダビ市内では金曜日は公共交通機関であるバスも休みになるほどでありました。
 1日に5回のお祈りがムスリムのスンナ(宗教的慣行)で、そのたびにモスクからは呼びかけの言葉であるアザーンが大きな音で流れます。この声を聞くたびに「ああ、遠くに来たんだなあ」と感じさせられました。
 赴任前は、お祈りの時間になれば街中の人たちがモスクに集合して外は閑散としてしまう、と思っていましたが、実際にはアザーンが流れても三々五々と人がモスクに集まってくる程度で街中は相変わらず人であふれていました。  
 それもそのはずでUAEの人口の80%は外国人労働者であり、ムスリムでは無い人もたくさん居るのです。街中で良く目にするのはインド、フィリピン、パキスタンといった国々の人々でした。特にインド人は多数派で、外国人の70%程度を占めている感じでした。
 職場にはルワンダやジンバブエなどアフリカ出身の人やネパールから来ている人たちも働いていました。UAEの人口は約200万人といわれていますが、約160万人がこのような「外国人」なのです。
 
街の中心地は6km×20km程度のコンパクトなサイズなので、鉄道はなくバスとタクシーが公共交通機関となっています。また、ガソリンが非常に安価ということも手伝って、車が非常に多く、街に縦横に張り巡らされた往復6車線の主要道路をもってしても、通勤時間帯の朝晩は渋滞が起こります。
   さらに、交通事情を悪くしているのが、いろいろな国の人たちが自分の流儀で車を運転していると言う事情です。そのため「弱肉強食」的な運転になりがちで、非常に交通事故が多いのです。私が勤務していた研究施設は、住まいがあるアブダビ市街から車で40分の距離にある工業地帯の中にありました。市街地中央にあるメインキャンパスからのチャーターバスに乗って通勤していたので、毎日車窓から外を眺めていましたが、毎週2回ぐらいの頻度で事故現場を目撃しました。
 また、軽い接触事故も含めれば赴任期間中の2年間に5回の事故を自分が乗った車(バス・タクシー)で経験しました。

 しかし、かの国で危険なことと言えば交通事故ぐらいで、街の治安はかなり良いし、見た目が厳つくて怖い顔の人が多いですが、実際のところ優しくていい人が多いのです。街のアパートの入り口には、野良猫のためのえさがいつも置いてあったりもします。故郷を離れ、家族と離れて、一人異国の地で働いている出稼ぎの人が多いという事情もあるかも知れません。 
 ニューヨーク大学アブダビ校で働いていたアジアの人々も、おしなべてフランクで優しい人たちでした。何かの仕事で私のデスクに来ると、「これは日本製か?」とか、「うちの親戚が日本で働いているんだ」「日本に行きたいと思ってるけど、ビザがとれないんだよ」などと話しかけてくれました。彼らと話していると、未だ「日本」にはブランド力があるということを実感しました。これは日本の先人たちの善行や努力が結実したものなのだと、頭が下がる思いになりました。
 現在に生きる日本人として、先人たちが築き上げた日本に対するこうした評価をさらに向上させるように、世界に向けて人々のためになる研究成果やその応用技術を提供し続けて行くことが後の世代への責任であると感じました。


(先端電子技術応用研究所 宮本政和)


金沢泉丘高校SSHが脳磁計を見学


金沢泉丘高校SSH(スーパーサイエンス・ハイスクール)の生徒27人と教員2人が、6月22日(土)先端電子技術応用研究所(以下、電子研)を訪れ、脳磁計や研究所施設を見学しました。

金沢泉丘高校SSHでは毎年、海外における大学での講義・実習や博物館等の見学をとおして科学技術や語学に対する学習意欲、国際性、将来海外へ出て活動しようとする意識を高めることを目的とした海外研修の取組が行われています。

本年度は81日から7日間の日程で米国のニューヨークやワシントンを訪れる予定となっています。昨年度に引き続き本学プロジェクト教育センター所長 松石正克教授のご紹介で、ニューヨーク大学のNYU-KIT共同脳磁研究所を訪問することになり、その事前学習会が天池自然学苑内の電子研で開催されました。

はじめに天池自然学苑の講義室で、電子研の小山大介講師が「NYU-KIT共同脳磁研究所の概要」、「脳磁計の仕組み」について解説しました。普段はなじみの薄い脳磁計ですが、テレビドラマ「ガリレオ」のワンシーンを引用して説明するなど、生徒からも大いに興味を持てる内容だったとの感想を頂きました。

本年度は生徒数が多かったため、二班に分かれた生徒を電子研の河合淳教授、小山講師が電子研内の脳磁計室や実験室を案内しながら、研修における注意点などを説明しました。携帯電話は必ず切る(マナーモードでもNG!)などの実演も行われ、高校生たちも真剣な眼差しで説明に聞き入っていました。実験室では河合教授による熱のこもった説明も行われ、生徒たちからは歓声があがるほどでした。

最後の質疑応答では脳磁計に関する鋭い質問もあり、生徒たちの関心の高さがうかがえました。この事前学習を踏まえ、NYU-KIT共同脳磁研究所での研修が、実り多いものになることを期待しています